広島原爆の日(8月6日)に思うこと|戦争と平和について考える

8月6日。広島原爆の日に思うこと。
今日、8月6日は広島原爆の日です。
1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によって広島の街は壊滅し、多くの尊い命が失われました。
犠牲になられたすべての方々へ、心より哀悼の意を表します。
戦争は、決して繰り返してはいけません。
私は戦争というものは、ある日突然始まるものではなく、小さな対立や感情の積み重ねが、取り返しのつかないところまで進んだ結果なのではないかと思っています。
私たちの身の回りでも、日々さまざまな争いや衝突が起こります。
本来、人間は高い知性を持つ生き物です。
だからこそ、お互いに話し合い、相手の考えを理解し、自分の考えも伝えながら、折衷案を見つけ、より良い答えを導き出していくことができるはずです。
しかし、人は感情が大きく揺れると、話し合うことをやめてしまうことがあります。
相手を理解することを諦め、自分が一気に形勢を逆転したいという思いから、暴力という手段を選んでしまうこともあります。
その暴力がさらにエスカレートした先にあるものが、戦争なのではないでしょうか。
だからこそ、戦争をなくすためには、国家間だけではなく、私たち一人ひとりが「対話」を大切にすることが必要なのだと思います。
もう一つ、私が考えさせられることがあります。
それは「逃げること」です。
人は困難に直面すると、話し合いから逃げたり、自分の責任から目を背けたり、すべてを他人のせいにしてしまうことがあります。
環境を変え、人間関係を変え、「ここなら大丈夫」と新しい場所へ進む。
しかし、そこでまた壁にぶつかると、再び逃げる。
その繰り返しでは、本当の意味で自分自身は成長できず、気づけば自分の居場所を少しずつ狭めてしまうこともあります。
もちろん、命や心を守るために、その場を離れるべき状況もあります。
一方で、向き合うことでしか乗り越えられない課題があるのも事実です。
広島も同じだったのではないでしょうか。
あの日、広島を離れ、新たな人生を歩んだ方もいました。
一方で、焼け野原となった街に残り、「この街を必ず復興させる」と決意し、困難に立ち向かった方々もいました。
どちらが正しいという話ではありません。
誰もが、それぞれの事情や立場の中で最善だと思う選択をされたのだと思います。
そして、その無数の選択と努力が積み重なったからこそ、今の美しく、平和で、安全な広島があります。
私は、その歩みを心から尊敬しています。
だからこそ、私は「本当のヒーロー」とは、失敗をしない人ではなく、失敗や困難から逃げずに立ち向かう人だと思っています。
逃げることは、時に簡単です。
しかし、傷つきながらも、悩みながらも、「どうすれば前に進めるのか」を考え、一歩踏み出す人が、未来を変えていきます。
広島の復興も、まさにその積み重ねだったのではないでしょうか。
そして、私たちはその復興を支えてくださった先輩方に、もっと敬意を払うべきだと思います。
最近では「老害」という言葉を耳にすることがあります。
もちろん、時代によって価値観は変わりますし、意見が合わないこともあるでしょう。
それでも、戦後の何もないところから日本を立て直し、経済を成長させ、平和な社会を築いてくださった先人たちがいたからこそ、今の私たちがあります。
今ある社会は、誰かが苦労し、悩み、責任を背負い、未来のために努力を積み重ねてきた結果です。
その事実だけは、決して忘れてはいけないと思います。
私は、人類は少しずつ前へ進んでいると信じています。
もちろん、今も世界では争いが続いています。
だからこそ、一人ひとりが対話を大切にし、相手を理解しようと努めることが、平和への第一歩になるのではないでしょうか。
国家間だけではなく、職場でも、家庭でも、学校でも、人間関係の中でも、暴力や力ではなく、話し合いによって理解し合える社会であってほしいと心から願っています。
広島原爆の日。
今日は、「今ある当たり前」が決して当たり前ではないことに気づく日です。
家族と笑い合えること。
仲間と仕事ができること。
「おはよう」と言い、「おかえり」と迎えられること。
その一つひとつは、多くの先人たちが守り、築き上げてきたものです。
今日という日だけは少し立ち止まり、その歴史に敬意を払い、平和の尊さを胸に刻みたいと思います。
執筆者
Xerotta株式会社
代表取締役 内匠屋 勇樹







